ニコンFのきっかけは東京オリンピック

ニコンFのきっかけは東京オリンピック

ニコンFのきっかけは東京オリンピック

機械式一眼レフカメラになると、日本製の独壇場となります。

とくにニコンは機械式一眼レフの分野で世界中から称賛を集めました。

そのきっかけとなったのが1964年の東京オリンピックで活躍したニコンFです。

ボディの作りは堅牢で作り込みが丁寧、ファインダーの視野率は100%でタフなチタン膜シャッターを装備、モータードライブを装着することもできるとあって、最初はプロのフォトグラファーが愛用したモデルです。

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そしてこのFの成功以来、一眼レフはプロフォトグラファーが絶賛するカメラこそ最高の商品という図式が出来上がり、ニコンもキャノンもこぞってプロトタイプを報道関係者に渡し、今で言うステルスマーケットを展開しました。

ニコンの一眼レフ戦略はFの一桁モデルを発売、その機能を量産型に活かすというトップダウン方式です。

F2販売の後に絞り優先の電子制御シャッターを搭載したFEを発売、F3を発売語、今でも名機の誉高いFM2を販売しています。

FやFの一桁モデルは中古市場でも5~6万円の高値で取引が行われていますが、機械式で1/4000秒高速シャッターを搭載したニコンFM2は1~2万円で実用品が手に入ります。

完全なマニュアル機として使うことも可能なうえ、ボディは手の平に収まるサイズなので、これからフィルムカメラを始める人に取って、最適の機械式一眼レフといえるモデルです。

とくにMD-12 というモデルのモータードライブをつけた時のシャッター音とフィルム巻き上げ音に関してはメカニカル大好き男性にはたまらない魅力となること間違いありません。

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